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最高裁判所大法廷 昭和24年(れ)1890号 判決 1950年6月07日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人森長英三郎の上告趣意第一点について。

所論昭和二二年五月二二日商工省令第一八号はその前文において「臨時物資需給調整法に基き、且つ配炭公団法の規定に従い、石炭等売渡規則を次のように制定する」と記載し立法の根拠を明かにしている。よって右基本法を調べてみると一方臨時物資需給調整法第一条第一項には「主務大臣は産業の回復及び振興に関し経済安定本部総裁が定める基本的な政策及び計画の実施を確保するために左に掲げる事項に関して必要な命令をなす事ができる」と規定しその第一号に「経済安定本部総裁が定める方策に基く物資の割当又は配給」と定めているのである。そして経済安定本部総裁が定める方策として昭和二一年一一月二〇日内閣訓令第一〇号指定生産資材割当手続規程を定める石炭、コークス等を生産資材に指定し、指定生産資材の所管官庁は割当証明書等を提出する場合を除いては如何なる者も指定生産資材を譲渡し又は譲受けることができない旨の規定を定めるべきことを命じてゐるのであって昭和二二年一月二四日指定生産資材割当規則にその趣旨が具体化されている。他方昭和二二年四月一四日法律第五六号配炭公団が制定せられその第一五条に配炭公団は石炭等の一手買取及び一手売渡の業務を行うことを定め第一六条第三項に主務大臣は石炭等の買取又は売渡について必要な事項を定めることができる旨を規定しているのである。ところで本件商工省令は右基本法たる臨時物資需給調整法に基き且つ配炭公団法の規定に従い配炭公団法に定める配炭公団の石炭等の一手買取業務に対応してその第一条に配炭公団への売渡義務を規定しまた配炭公団の一手売渡業務に対応してその第三条に配炭公団以外の者は石炭等を販売してはならない旨を規定したものであってその規定は臨時物資需給調整法第一条第一項第一号に基く必要な命令であり同時に配炭公団法第一六条第三項による必要な事項の定めであることは明かであるから所論商工省令第三条の規定は正に法律の委任の範囲内に属する事項を定めたものである。從って右省令の規定が法律の認めないことを定めたものであると主張する論旨はその理由がない。

次に論旨は本件省令第三条の規定は必要以上に職業選択の自由、營業の自由を制限し、または剥奪したものであるから憲法第二二条に違反するというのである。しかし右憲法の規定にいわゆる職業の選択自由は無制限に認められるものではない。公共の福祉の要請がある限りその自由は制限されるのである。石炭等か戰後産業の回復及び振興に関して重要資材でありその割当又は配給統制が公共福祉の要請であることは論を俟たないところである。さればこそ一方臨時物資需給調整法に基く指定生産資材割当規則を定めいわゆるクーポン(割当証明書)制により公正な分配を確保すると共に他方配炭公団法を制定して配炭公団に一手買取一手販売の業務を課したものである。そして本件省令第三条の規定は前段説明の如く配炭公団の一手販売の業務に対応して公団以外の者の販売権を制限したもので正に石炭等の適正配給という公共の福祉を維持するため必要な制限であるといわなければならない。従って本件省令第三条の規定は毫も憲法二二条に違反するものではないからこの点に関する論旨も亦理由がない。

同第二点について。

しかし原判決の挙示する証拠によって判示第一事実は十分に認定できるのである。所論は原判決の採用しない原審公判廷における被告人の供述の一部を引用して本件石炭は所有者公団が抛棄したものであり、然らずとするも遺失物であるから窃盗罪は成立しえないというのであるから結局事実審たる原審の職権に属する事実の認定を攻撃するに帰し上告適法の理由とならない。

同第三点について。

しかし被告人が販売の目的で本件石炭を窃取したとしても窃取ということは配炭公団以外の者が石炭等を販売してはならないという本件商工省令第三条違反の所爲について通常用いられる手段とはいい得ないから両者は法律上手段結果の関係にあるということはできない。また原審は本件石炭の販売行爲を窃取行為と認定したものではなく販売行為とは別個に窃取行為が成立したものと認定しているのであるから右二つの行為が一所為数法の関係に立つものということはできない。然らば原判決か判示第一事実と第二事実を併合罪として処断したことは正当であって論旨はその理由がない。

同第四点について。

憲法一四条はすべての国民が人種、信條、性別、社会的身分又は門地等の差異を理由として政治的、経済的又は社会的関係において法律上の差別待遇を受けないことを明にして国民が法の下に平等であることを規定したものである。ところで所論臨時物資需給調整法四条の規定は同法一条一項の規定による命令に違反した者はこれを一〇年以下の懲役又は一〇万円以下の罰金に処する旨を規定しているものであり、刑法一八条は財産刑に関する換刑処分の規定であるが右罰則規定は前示違反行為をした者は何人でも所定の刑に処せられることを規定するものであり、刑法一八条は罰金科料を完納することができない者は何人でも労役場に留置することを定めたものでいずれも人種、信條、性別、社会的身分又は門地等の差異を理由として差別的待遇をしているものではないから憲法一四条の平等の原則に反するものということはできない。論旨は罰金は財産のある者は何の苦痛もなく支拂えるが財産のない者は罰金が支拂えない結果労役場に留置せられる。財産のある者との間にかくの如き差別待遇をすることは法律が国民に対し不平等な取扱いをすることである。それゆえ無産者に対しても有産者に対すると同額の罰金刑を科することを許し罰金が拂えなければ労役場に留置することを許す前記規定は憲法一四条に違反するものであると主張する。しかし憲法一四条の規定する平等の原則は前段説明の如く法的平等の原則を示しているのであるが各人には経済的、社会的その他種々な事実的差異が現存するものであるから一般法規の制定又はその適用においてその事実的差異から生ずる不均等があることは免れ難いところである。そしてその不均等が一般社会観念上合理的な根拠のある場合には平等の原則に違反するものとはいえないのである。ところで罰金刑は受刑者の貧富の程度如何によってその効果に差異があり、受刑者の受ける苦痛の程度にも差異があることは所論のとおりであるが、罰金刑は刑法上認められている刑罰の一種でありまた換刑処分を定めた刑法一八条の規定は罰金の特別な執行方法を定めたもので罰金刑の効果を全うするための規定である。若し所論のように罰金刑を定めた刑罰法規や換刑処分を定めた規定が違憲であるという議論を推し進めるならば、それは罰金刑という刑罰自体を否定することになるのである。しかし罰金刑は受刑者の貧富如何によってその効果に差異があるという弱点はあるけれどもなほ一般的にみて受刑者に対して一定の刑罰効果を挙げ得るものであるからこれを否定することはできない。元来刑罰は財産刑に限らず自由刑でも受刑者の受ける苦痛の程度は具体的には各人によって異なるのである。ただ罰金刑ではその差異が貧富の程度如何によって顕著であるに過ぎないのである。それゆえ一定の違反行爲に対し罰金刑を定めた法規及び換刑処分を定めた法規は各人を法律上平等に取扱っているのであって刑罰によって受刑者の受ける苦痛の差異はその法規から必然的に生ずる避けがたい差異という外はない。そして裁判所は刑の量定をする場合には犯情その他諸般の事情を参酌するのであるが罰金刑については犯人の資産状態も亦特に考慮せられてその刑罰効果を挙げることに十分な注意が拂はれているのである。また刑法二五条の改正によって五万円以下の罰金の言渡を受けた者については情状により刑の執行猶予を与える途も開かれたのであり、労役場の留置については刑法三〇条二項の規定によって情状により仮出場を許すこともできるのであってこれ等の方法によって前示貧富の程度によって生ずる不均等も或る程度は緩和され得るのである。以上の次第で罰金刑が受刑者の貧富の程度如何によってその受刑者に与える苦痛に差異があることは貧富という各人の事実的差異から生ずる必然的な差異であり、刑罰法規の制定による社会秩序維持という大局からみて已むを得ない差異であって一般社会観念上合理的な根拠あるものとして是認さるべきものと認められるのであるからこれをもって平等の原則に反するものとはいいえないのである。されば論旨はその理由がない。

よって本件上告は理由がないから旧刑訴四四六条によって主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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